ESOPONO FABVLAS.488. エソポのハブラス2.26 (488.11--489.02)漁人(ぎょじん)のこと。 ある漁人(ぎょじん)網を曳くに、曳くこともかなわぬほど、網が重う覚えたれば、なにさま魚(うお)が多いぞと勇み喜ぶことが限り無うて、曳き上げてみれば、魚は稀で、石どもであったところで、「さても無益(むやく)の辛労(しんろう)かな」と皆悲しむところに、年寄った漁人が諌めて「何故に人々はお悲しみあるぞ? 喜びと、悲しみは兄弟の如くぢゃ。またこの後(のち)には喜びも来(こ)うず、」この悲しみに犯されて「再び網を曳くまじい」と言うて、皆その悲しみを改めなんだ。 ・類話などについて タウンゼント 219.漁師たち網を曳きあげていた漁師たちは、それがとても重かったので、大漁だと思い、喜び勇んで踊り廻った。ところが、網を浜辺まで曳きあげてみると、魚はほとんどかかっておらず、砂や石だらけだった。猟師たちは思わぬことに、意気消沈して落胆した。すると年老いた漁師がこう言った。 「おい、みんな、もう嘆くのは止めにしよう。悲しみは喜びの双子の姉妹なんだよ。あれだけ喜んだのだから、後は悲しみを待つばかりだったのだよ」 Perry13 Chambry23 TMI.J866.1 (Aesop) Ernest Rhys 3.18 舵取りと乗員ある男が自分の不運を嘆いていると、それを慰めようとイソップがこんな寓話を語った。船が激しい嵐に翻弄され、乗客たちはみな、涙を流して死の恐怖にうちふるえていた。しかし、突然空は晴れ渡り、船は穏やかな波にその船体を悠然と浮かべた。乗客たちは大いに喜んだ。これを見て、経験豊かな舵取りがこう言った。 「そんなに大げさに喜ぶものではない。そして嘆く時も注意してな。というのも、人生は、嘆きと喜びがない交ぜになっているのだから」 Perry78 Chambry308 Phaedrus4.18 (Ph) L'Estrange 110 幸運な漁師漁師は長いこと漁をしていたのだが、一匹もとれなかったので、ひどい骨折り損に落胆して、漁具を回収して帰ることにした。ところが、その時、大きな魚が舟に跳び込んで来たのだ。神の恵みにより、その日の糧を得たのであった。教訓: 忍耐や継続や根気強さは、人を正直にする。そして、最後には必ず人を幸福にする。 Perry21 Chambry22 TMI.N625 塞翁が馬 淮南子 人間訓中国、北辺の塞(とりで)に住む老人(塞翁)の馬が胡(こ)の地に逃げた。気の毒がる人々に塞翁は「これが幸いとならぬはずがない」と言う。するとその馬はもう一頭の馬を連れて帰って来た。祝いに来た人々に塞翁は「これが災いとならぬはずがない」と言う。この二頭から良馬が生まれ、塞翁の子はその馬から落馬して足を折った。やって来た人々に「これが幸いとならぬはずがない」と塞翁は答える。その後、胡(こ)の軍勢が侵入し、若者たちは戦場にかりだされて、十人中九人まで死んだが、足を折った塞翁の子は戦いに行かずにすみ、親子とも長生きしたという。 |
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