童 蒙 教 草


巻の二

第十章 飲食を程能する事

     (イ)二疋の蜜蜂の事 寓言


 弥生(やよひ)の朝(あした)麗らかにして、桃はくれない李(すもゝ)は白く、園に植えたる草花も今を盛に咲栄(さきさか)ふ。こゝに二疋の蜜蜂あり。蜜を求て飛来り、花より花に移りて美味を嘗め、其たのしみ斜ならざりしが、其一疋は知恵ありて飲食を程能(ほどよく)するを知り、花の蜜を嘗る間には又其臘<即ち蜜臘なり>を取て股に付け、巣を作る覚悟を為せるに、一疋の方は絶て心を用ひず、唯一時の慾に引かされて飽くまで蜜を嘗るのみなり。
 やがて桃の木の邊(ほとり)に至り、其枝に広口の「ビン」の掛りたるありて、其中を見れば沢山に蜜の貯あり。<此「ビン」は蜜蜂を捕る為に設けし者ならん>一疋の蜂は兼て大食のことなれば、僥倖なりとてこれを嘗んとし、彼の朋輩の心付をも聞入れず、真倒(マツサカサマ)になりて「ビン」の中に這入り、前後も顧みずして独り食を貪れり。一個(コナタ)は用心に用心を加へ、試に一口は嘗たれども、災難の程も図られずとて直(すぐ)に其処を去り、又最前の花の間を徘徊し食を求めて、真に其味(あじはひ)を嘗め、日もはや西に傾かんとすれば、彼の「ビン」の側に来りて其朋(とも)を呼び、共に家に帰るべしと云へど、答ふる声もなく、「ビン」の中にては、終日身体をも動かさずして貯の蜜を飽くまで嘗め、腹に充満して最早一口も咽に通らず、去迚(さりとて)亦其処を去ることも能はず、其足も弱はり其羽根も動かず、総身の気力衰へて進むも退くも自由ならず、苦しき声を発して云く、「楽は身に快しと雖どもこれに耽るときは必ず身の滅亡を致すものなり」といひ終りて命を落したり。


・類話などについて

タウンゼント 28.ハエとハチミツ壷

 ハエたちは、倒れた壷から溢れ出る、蜜の匂いに誘われて、台所へとやって来た。彼らはハチミツの上へと降り立つと、一心不乱になめ回した。ところが、蜜が、足にべたべた絡みつき、ハエたちは、飛べなくなってしまった。蜜の中で息が詰まって死に行く時に、ハエたちはこんな風に叫んだ。
「ああ、なんて我等は間抜けなんだ! ほんの少しの快楽のために、身を滅ぼすとは……」
 
楽しみの後には、痛みと苦しみが待っている。

Perry80 Chambry239  Charles36 TMI.N339.2 (Aesop)

タウンゼント 310.ツグミと鳥刺し

 ツグミがギンバイカの実を食べていた。そして、その実があまりに美味しかったので、そこから離れようとはしなかった。鳥刺しはツグミを見つけると、葦の竿にトリモチをまんべんなく塗りつけ、ツグミを捕まえた。
 ツグミは、死の間際にこう叫んだ。
「ああ、私はなんて間抜けなんだろう! 僅かな食べ物のために、命を棄てることになるとは……」

Perry86 Chambry157  TMI.J651.1 (Aesop)

カリーラとディムナP83 菊池淑子訳 平凡社
睡蓮の花のとりこになった蜜蜂のように、そこから抜け出せなくなって・・・・甘い花の香りを嗅いで恍惚として、蜜を集めに飛ぶことを忘れているうちに花が閉じ、そ中で死んでしまう蜜蜂のように。

ペリー167 蝿  イソップ寓話集 中務哲郎訳 岩波文庫

蝿が肉の鍋にはまり、肉汁に溺れそうになって独り言して言うには、
「俺としては、食ったし飲んだし風呂にも入った。あとは死んでもかまわない」
死が苦痛なしにやって来る時、人間は容易に耐える、ということをこの話は説き明かしている。
Chambry238  Babrius60

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