童 蒙 教 草


巻の三

第十七章 他人の物に就き誠を尽す事

     (イ)盗賊雀の事

 一羽の燕、窓の上の方に巣を作りて立派に成就し、出入の穴は一箇処あり。そも/\この巣を作るには燕のみ骨折りしゆゑ、燕の当然に所持すべき巣なり。他の鳥はこれを作るとき何の骨折もあらざりしゆゑ、この巣の主(ぬし)にあらず。然るに心底よろしからざる雀一羽ありて、燕の留主の間に彼の巣に入込みたり。燕は夢にもこのことを知らずして、外より帰り見れば、雀の為に我家を取られ、当惑したるのみならず、雀は穴より首を出して家に入らんとする主人をつゝき、少しもこれを近づけざれば、燕は素より柔和な鳥にて、とても雀には敵対し難しとや思ひけん、一先づこゝを飛去りて事の次第を朋輩の燕に語りしと見へ、暫くありて同類の燕五、六羽と共に巣の外に来り、雀に理解して巣を去らしめんとする様子なれども、大胆不敵の雀はなか/\これを明け渡すべき気色もなく、大勢の敵を穴の口に引請て容易く自から防禦するゆゑ、燕は叶はずとてまたこの処を去り、此度は銘々のくちばしに泥を含み来りて巣の入口を塗りふさぎければ、流石の雀も食物と空気の道を絶たれて忽ち死し、乱暴狼藉の罰を蒙りたりといふ。


・類話などについて

トルストイ少年少女讀本 子供のための話 米川正夫訳 河出書房刊

雀と燕

 或る時わたしは裏庭に立つて、軒したにある燕の巣を見てゐた。わたしの見てゐる中に、燕が二羽とも飛び出したので、巣の中はからになつた。
 燕が出かけて留守に、屋根の上から一羽の雀が飛びおりて、その上に留まつてあたりを見廻はすと、羽ばたきを一つして、巣の中へもぐり込んだ。やがてそこから首を覗かして、ちゆつ/\と囀りはじめた。
 やがて間もなく、一羽の燕が自分の巣へ帰つて来た。燕は巣の中へ入つて行つたが、思ひがけない客を見るが早いか、ちい/\と鳴きながら、その場で羽ばたきして、どこかへ飛んで行つた。
 雀は巣の中に尾を落ちすけて、囀つてゐた。
 不意に一群の燕が飛んで来た。すべての燕は、まるで雀の様子を見るためかなんぞのやうに、巣のそば近く寄つたけれど、そのまゝすうつと行つて了つた。
 雀は臆する色もなく、しきりに小首を捻りながら、囀つてゐた。  燕の群れはまた巣のそばへ寄つて何かしたのち、また飛んで行つた。
 燕は無意味に飛んで来るのではなかつた。彼らはめい/\嘴に泥を運んで、巣の穴をすこしづつ塗つてゐたのである。
 飛んで行つたかと思ふと、また飛んで来て、巣はだん/\塗られて行き、その口はだん/\狭くなつた。
 はじめは雀の頸が見えてゐたが、やがて頭ばかりになり、嘴の尖だけになり、たうとうなんにも見えなくなつた。燕はすつかり雀を巣の中へ塗りこめると、一同その場を引き揚げて、さかんな鳴き聲とともに、家の周りをくる/\廻はりはじめた。
国立国会図書館デジタルコレクション

トルストイが実際この様子を観察したとは思えないので、この観察記は「盗賊雀」からの翻案であると思われるが、現実に似たようなことはあるようだ。

スズメ ツバメの巣乗っ取り子育て 住宅事情変化が影響か

土で固められたツバメの巣で、子育てに励むスズメが各地で確認されている。三重県名張市の幹線道路高架下では、ヒナに餌を運ぶ親鳥が頻繁に飛び交い、約40個ある巣の半分が乗っ取られた状態に。鳥類の専門家は「瓦屋根の民家が減るなど住宅事情の変化が、スズメの営巣に影響を及ぼしている」と分析している。
近鉄桔梗が丘駅(同市桔梗が丘1)近くの道路高架下には、イワツバメの巣が約40個あるが、ツバメがいるのは半分以下。市内に住む「日本野鳥の会 三重」の元理事、田中豊成さん(66)は「乗っ取りスズメ」と名付け、市内各地で調査している。発見したのは10年ほど前で、年々増加傾向にあるという。
【広瀬晃子】
毎日新聞2017年6月8日10時18分(最終更新 6月8日 11時57分)

2020/2/2更新


この話と直接関係のある寓話は、管見には見当たらない。しかし、「庇を貸して母屋を取られる」というような寓話は多数存在する。

タウンゼント 261.母イヌとその子

 出産間近の牝イヌが、ヒツジ飼に、子供を産む場所を貸してくれるようにとお願いした。牝イヌは、その願いが叶えられると、今度は、そこで子供たちを育てたいと言った。ヒツジ飼はその願いも叶えてやった。
 しかし、仔イヌたちが成長して、母イヌを守ることができるようになると、母イヌは、その場を占領してしまい、ヒツジ飼が近づくのさえ許さなかった。

Perry480 Phaedrus1.19 Caxton1.9 Charles66 La Fontaine2.7 TMI.W156 (Ph)

Ernest Griset p73 二羽の兎

  子供を孕んだ兎が、もう一度動き回れるようになるまで、小屋を貸してくれるようにと、別な兎にお願いした。話を持ちかけられた兎は快く願いを聞き入れてやり、すぐさまその小屋を明け渡してやった。そして、時が来たので、彼女は様子を見にやってきた。そして、「もうよくなって起きあがれるようになったようだから、小屋を返して貰いたい。家がないのは大変不便で、これ以上はどうにもやっていけない。だから、出来るだけ早く、他の宿を見つけて、出て行って欲しい」と、それとなく言ってみた。
 するともう一方は、「こんに長い間、家から締め出して本当に済まなかった、でもそれは自分のせいではないのだ。でも、子供たちがまだ、大変弱く、自分についてこれないのではないかと、心配なのだ」と、答えた。そして、
「もし、あと二週間ここに居させてくれるならば、あなたは、世界で最も親切な兎と賞賛されることでしょう」と、言った。
 もう一方の兎はとても親切で憐れみ深かったので、この頼みも快く引き受けた。ところが、期日が来て彼女がやって来て、「もう一日たりとて猶予はできないので、出ていってくれ」と、きっぱりと言った。すると相手はこう答えた。
「出て行けですって! では、お約束致しますわ。あなたが、あたしと、あたしの子供たちを、みんなやっつけられない限り、あなたは、ここには入り込めないということをね……」

Charles97 アラブ人と彼の駱駝

  ある寒い夜、アラブ人が自分のテントの中で座っていると、カーテンがそおっと持ち上げられるのに気づいた。彼の駱駝がテントの中を覗き込んだのだ。
「一体どうしたんだ?」彼は優しく尋ねた。
「ご主人様、寒いのです」駱駝がこう言うと、「凍えてしまいます。どうか、頭をテントの中に入れて置くのをお許し下さい」
「遠慮をするな」
  親切なアラブ人はこう答えた。こうして駱駝は、頭をテントの中に入れて立っていた。そして、すぐに、次のようにお願いした。
「首も少し暖めてもよいですか?」
  アラブ人はすぐに了承した。こうして駱駝は、首をテントの中へ押し込んだ。それから、駱駝は、窮屈そうに頭を左右に振った。そしてこう言った。
「こうして立っているのは辛いのです。前足をテントの中に置いても、それほど場所をとらないのではないでしょうか」
「前足をテントの中に入れてもいいぞ」
  アラブ人がそう言うと、彼は場所を空けるために、すこし移動しなければならなかった。というのも、テントは小さかったからだ。するとまたしても駱駝が言った。
「こうして立っているので、テントが開け放たれたままになっています。これでは二人とも寒いです。体全体を中に入れてはいけないでしょうか?」
「よし」アラブ人はそう言った。彼の同情心は、自分自身へ対するものと同じくらいに、駱駝にも発揮された。「お前が望むならば、中に入るがよい」
  しかし今度は、このテントは二人が入るには小さすぎた。駱駝はテントの中に身体を押し込むようにしてこう言った。
「どうも、このテントには二人が入る場所がないようです。あなたの方が小さいのですから、あなたが外に出るのがよいと思うのです。そうすれば、私のための場所が空きますからね」
  こうして駱駝が少し押し進むと、アラブ人は急いでテントの外へと出ていった。

新訳伊蘇普物語 第六十四 山豕(やまあらし)と蛇  上田万年 解説

 山豕(やまあらし)が居所のないのに弱つて、蛇に頼んで穴え同居することになりました。
 処が山豕にわ鋭い硬(こわ)い毛があつて、其のために始終刺されるものですから、蛇に閉口して、『こうと知つたら、頼みを聴くのでわなかつた』と、其事を山豕に話、立退を頼みますと、山豕(やまあらし)わ威張つたもので、『己(おれ)の方でわ至極工合(しごくぐあい)が好(い)い。厭ならお前の方から出て行(ゆ)け。』と取合いませんでした。

 訓言 軽々(かろがろ)しく友を選べば悔ゆることあり。

 解説 友を選ぶにわ、余程考えなければなりません。人と船え一緒に乗る時、能(よ)く相手の詮議をしないと、沖え出てから後悔して追着(おつつ)かないと同じに、一度誤れば、挽回(とりかえし)がつかぬのです。悪い友人と交わるくらいなら、寧(いつ)そ独りで居た方が優(まし)なのです。妻を択(えら)ぶにしても矢張其の通(とう)りで、迂闊(うつかり)取決めて、其がために一生悩まされるような例わ幾許(いくら)もあります。

Charles66  トルストイ寓話集1.26

Ernest Griset p117 蜜蜂と、雄蜂と、スズメ蜂

  雄蜂の一団が蜂の巣に入り込むと、そこで見つけた蜂蜜と部屋とを自分たちのものだと主張して、力で蜜蜂たちを追い払おうとした。 しかし、蜜蜂たちは激しく抵抗しため、事の正否はスズメ蜂の判断に委ねるということになった。スズメ蜂は、それを判定するのは難しいので、法廷で、実際に蜂の巣を作って蜜を満たすようにと命じた。両者が作った巣と、懸案の巣を比べればどちらの主張が正しいか分かるというのである。蜜蜂たちはすぐさま仕事にかかった。しかし、雄蜂たちはその仕事を拒んだ。こうして、スズメ蜂は、蜜蜂の勝訴の判決を下した。

Perry504 Phaedrus3.13 La Fontaine1.21


2003年6月19日
2020年2月02日更新

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