童 蒙 教 草


巻の四

第二十六章 信実を守る事

     (イ)羊飼ふ子供狼と呼びし事

 羊の番をする子供がありて、或日なぐさみに同村の者を驚かさんと思ひ、「おほかみ/\」と呼はりて走りければ、村の人々は狼の来りて羊に掛りしことならんと心得て、忙はしくかけ出し、其場に至り見れば何事もなきゆゑ、つまらぬことなりとて此子を叱りて銘々の家に帰りたり。其後数日を過ぎ、現に狼いで来りて群りたる羊へ飛掛りければ、子供はあはて、村に帰りて「おほかみ/\」と声を限りに呼び叫べども、村の者は落付はらひ、最早二度はだまされぬぞと見向く者もあらず。これがため夥多(あまた)の羊はみす/\狼に取られければ、羊の主人は此よしを聞て大に怒り、直に此子供へ暇を遣したり。
 右の次第にて、戯とは云ひながら、一度の虚言を以て、この子供は渡世の道を失ひたり。


・類話などについて

普通 小学修身談 丹所啓行 前川一郎 初版 明治19年7月 集英堂蔵版

  羊の番する子供の事

羊を守る子供ありて。或る日戯れに。同村のものを驚かさんと思ひ。狼来れり狼来れり。と呼はりて。馳け回りければ。村の人々は。実に狼の来りて。羊を食はんとするなりと心得て。忙はしくかけ出で見れば。何事もなきゆゑ。人に欺かれしを怒りて。家に帰りけるが。其後数日を過ぎて狼来り。羊のむれに飛掛りければ。子供はあはてゝ村にかへり。声をかぎりに叫べども。村のものども之を信ぜず。出でゝ見るものなかりければ。数多の羊は。悉く狼に食はれけり。羊の主人。此よしを聞きて大に怒り。直ちに此子供に。暇をとらせしとぞ。
  ○ことばは。かならず信実にすべし。かりそめにも。いつはるべからず。

小学修身書 二 木戸 麟  初版 明治14年7月 原亮三郎 出版

○誠は 人たるものの なにごとにつけても なくて かなはぬ ものなれば かりそめにも 偽りの ふるまひあるべからず むかし村ちかの野に 畜ひつけたる 羊の番をする 牧童 日ごとの 見はりに 退屈して あるとき 不意に狼きたれり 狼きたれりと 呼びありくを 村中のもの きゝつけて 四方より はせあつまり 大騒動 したるをみて はなはだ おもしろき ことと おもひ 夫れよりのちは 二度も 三度も おなじさわきを しだしては あそびたり しかるに 一日 狼 まことに きにければ 牧童 大におどろき 大声あげて かけまはり 一生懸命に 加勢を 呼びたれども 村のものは 耳にもかけず また例の 戯れならんと 一人も いであはざりしかば あまたの羊 一匹ものこらず みな 狼に 喰はれたり     菱潭書




通俗伊蘇普物語 第三十 牧童と狼の話 (43) 明治5年 渡辺温 訳

村近(むらぢ)の野に畜(かひ)付たる羊の番をする牧童(こぞう)。毎日見張り居るばかりゆゑ退屈して。一日不図(あるひふと)狼ダ/\と呼あるくと。村中のものどもが聞つけて。四方(ほうぼう)より駈集まり。空(くう)に大騒動したるを見て。至極面白(おもしろき)事と思ひ。夫より後は二度も三度も同し騒を仕出(しだ)しては遊びけり。然るに或日真(しん)に狼出来(いできた)りたれば牧童(こぞう)大に仰天して。大声揚てかけまはり。一生懸命に加勢を呼べども。村のものは耳にもかけず。又例の戯謔(わるふざけ)だと一向に出合(いであは)ねば、数多(あまた)の羊一疋も残らず皆狼に喰れけるとぞ
 平常(へいぜい)虚言(うそ)を談(つく)ものは、緊要(まさかの)時に実事(まこと)を云ても。決して信ぜられぬものぞ。児輩(こども)よ虚言(うそ)をつくまいぞ


タウンゼント 74.ヒツジ飼の少年とオオカミ

 少年は、村の近くで、ヒツジの番をしていたのだが、退屈すると、「狼だ!」「狼だ!」と叫ぶことがよくあった。村人たちが駆けつけると、少年は、皆の慌てた様子を見て笑った。そんなことが、何度も続いた。ところが、ついに、本当にオオカミがやって来た。少年は、恐怖に駆られて叫んだ。
「お願だ。助けてくれ! オオカミがヒツジを殺してるんだ!」
 しかし、少年の声に耳を傾ける者は誰もいなかった。こうしてオオカミは、ヒツジを一匹残らず引き裂いた。

嘘つきが本当の事を言っても、信じる者は誰もいない。

Perry210 Chambry318 Caxton6.10 エソポ2.28 Houton43 Charles44 TMI.J2172.1 Type1333  (Aesop)

・少年が狼に食われる話

小学読本 巻之二 田中義廉 明治7年8月改正 文部省 (初版明治6年)

むかし、一人の男児ありて、毎に、狼来れり、狼来れり、誰か出でゝ、救ひ給へと、大に呼びて、途を走れり、これは、真に、狼の来れるにはあらず、他人の、出来りて、救はんとするときに、欺き得たりとて、大に、其人を笑ふを以て、戯とするなり、
斯くすること、度々なりしが、ある日、真に、狼来りて、此男児を、食はんとす、男児は大に呼びて、狼来れり、救ひ給へと、いへども、誰も、亦例の虚言なるべしとて、これを、救ふものなかりしゆゑ、終に、狼のために、噛み殺されたり、故に、平生、戯にも、虚言を以て、人を欺くものは、適々、真実のことを、話すとも、信となすもの、あらざれば、常に、慎むべきことならずや」 

(アメリカのウイルソン・リーダーからの翻訳)
日本の国語教科書で、初めてイソップ寓話が紹介されたのが、この「小学読本」である。

註: この話では、少年は「羊飼い」ではなく、羊も出てこない。
現在日本で出版されている子供向けの「イソップ童話」でも、少年が狼に食われてしまう話がしばしば見られるが、この教科書の影響を受けているのかもしれない。


小学修身訓 明治二十五年四月刊 末松謙澄

 うそごとを、いふべからず、
 うそごとを、いふものは、
 まことのことを、いふときも、
 人これを、まこととせず、
 身のわざはひを、
 まねくものなり、









 ポケット新訳イソップ物語 明治43年10月 
 日野蕨村 馬場直美 岡村盛花堂

 牧 童 と 狼

  狼! 狼!  

    狼! と

  声を限りに

    叫んでも

  常に偽言吐(うそつ)く

    報いにて 

  誰(たれ)も救ひに

    来てくれず

  遂(とうと)う憐れな

    平吉は

  獣(けもの)の餌食と

  なりました。







尋常小学校修身書 (第二期 国定修身教科書) 初版 明治43年3月 文部省



註:
日本で、「狼と羊飼い」の話を、「狼少年の話」と言われるのは、一連の教科書の影響であるように思える。


狼少年現象

 数年前のことなのだが、なんとはなしにテレビをつけていると、「狼少年現象」という言葉を耳にした。一体なんだろう? と思いテレビに向かうと----その番組は、「東海地震が起きたらどうするか?」 というような番組だったのだが----その中で専門家が、「仮に地震を予知して、地震警報を出したとしても、その警報が何度も外れてしまったら、誰も信じなくなってしまう・・・・」と説明していた。つまりこのことを「狼少年現象」と称したのである。拙者は、なかなかうまいことを言うものだと感心したのだが、「ちょっと待てよ!」と思い直した。
 本来狼少年が信じてもらえなくなるのは、「嘘」を何度も言ったからで、地震警報が外れたのとは分けが違う。そこで「狼少年」という言葉をインターネットで検索してみると、それは「故意に嘘を言ったのではなく、たまたまその事柄が実現せずに、信用を失った場合」を「狼少年」と称していることが多いのだ。
 とはいえ、「信用を失い誰にも信じてもらえなくなる」という現象自体は、確かに「狼少年現象」と同じものといえるのだが・・・・。


参照リンク 狼にまつわる話

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