伊曽保物語上
第一 本国の事
(古活字版上01.02〜上03.20) (万治版上02.02〜上04.05)
1.01a『イソホの容貌について』
去程にエウロウパのうちヒリジヤの
国トロヤという所に、アモウニヤという里あり。その里にイソホという人ありけり。其の時代エウロウパ
の国中に、かほど醜き人なし。其の故は、頭は常の頭二
つ嵩あり。眼の玉、つわぐみ出で
て、その先平らかな
り。顔形色黒く両の頬うな垂れ、首歪み、背低き
く、足長くして太し。背中かがまり、腹ふくれ出で
て曲がれり。もの云うことお
もしろげなり。その時代このイソホ、人にすぐれて醜き者なきが如く、されども才覚、また並ぶ人なし。
(古活字上01.02〜上01.13) (万治上02.02〜上01.11) (エソポ0.02)
1.01b『イソホがシャントに買われるまで』
さればその里に戦い起こって、他国の軍勢乱れ入り、かのイソホを搦め
捕りて、遥かのよそへ聞こえける、アテエルスという国の、アリシテスという
人に売れり。かの者の姿の見苦しきを見て、なすべき業な
ければとて、我が領地に遣わし、百姓等にひとしく牛馬を飼わしむる業を
なん行う。
かくて年経ぬれど、さるべき人とも知らずな
ん侍りける。
折節、ある商人この者を買い取る。アリシテス、得たり賢しと、かの商人に売り渡さる。尚、別の二人買い添え、以上三人召し具して、サンという
所になんなく行きけり。其の里においてシャントといえるやんごとなき知者の行き会い、かの商人に尋ねていわく、「御辺の召し具しける者どもは、
何事をかはし侍るぞ」とのたまえば、商人答
えていわく、「一人は琵琶を弾くげに候」と申しければ、かのシャントすぐに二人の
者に問
いたまわく、「面々は何事をし侍るぞ」と仰せければ、二人も
ろともに答えていわく、「あらゆるほどの事をば、形の如く知り侍る」と申し、その後
またイソホに「汝はいかなる者ぞ」と問いたまえば、イソホ答えていわく、「我はこれ骨肉なり」と申しければ、「我、汝に骨肉を問わず。汝、何
処
にて生まれけるぞや」と仰せければ、イソホ答えていわく、「我はこれ母の胎内より生まれ候」と申す。「汝に母の胎内問わず。汝が生まれたるところは何
処の国ぞ」と仰せければ、イソホ答えていわく、「我はこれ母
の生みたる所にて育たり候」と申す。その
時シャント、「彼が返答は、ただ、魚の島
をめぐるが如し。さて汝は何事をか知り侍る」と問わせたまえば、イソホ答えていわく、「何事をも知り侍らぬ者にて候」と申す。その時シャント
重ねて仰せけるは、「人として物の業なき事あたわず。汝、何の故にか仕業な
きや」と仰せければ、イソホ答えていわく、「我、何をかなすと申すべ
き。その故は、件の両人、あらゆるほど
の事をば知ると言えり、これにもれて、我、何をか知り候べきや」と申す。その時シャントイソホに問いたま
わく、「我、汝を買い取るべし。汝において如何」
と仰せければ、イソホ答えていわく、「ただその事は、その身の心にあるべし。いかでか、某に尋ねたまうぞ」と申す。シャント重ねてのたまうは、「我、汝を買い取るべし。その時逃げ去るべき
や」と仰せければ、イソホ答えていわく、「我、
この所を逃げ去らん時、御辺の異
見を請く
べからず」と申す。
かように様々興がる答えども、し侍りければ、心寄に
思いて、いささかの値に買い取り、かの商人と行き給うに、ある関の
前にて、か
のイソホが姿を見て、「あやしの者や」と留めおきて、「これは誰の召し具し給う者ぞ」と尋ねければ、シャントも商人も余りにイソホが醜き事を
恥て「知らず」と答う。イソホ、この由う
け給わり、「あなうれしの事や、我に主なし」と言いて、勇みあえる。その時、シャントも商人
も、「これは我が所従にて候」との
たまい、それよりシャント、イソホを召し連れ、我が本へ
帰り給うなり。
(古活字上01.13〜上03.20) (万治上01.11〜上04.05) (エソポ0.05)
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