童 蒙 教 草


巻の二

第十二章 自から満足する事

     (ハ)御殿の鼠と田舎の鼠の事


 或日御殿住居(すまひ)の鼠、其友達なる田舎の鼠を尋ねければ、田舎の鼠は住居の小屋に有合ふ豚の塩漬など出してこれを取持ち、馳走は粗末なるも客の扱は深切なり。食事終りて四方八方の話に面白く一夕を過し、其夜は客もこの小屋に一宿して、翌朝暇乞して帰るとき主人を誘はんとし、己が住居せる御殿の広大にして万事饒(ゆたか)なる模様を大造に述立て、是非ともこの度来りて一見せらるべしとの勧に由り、田舎の鼠も其親切に黙止(もだ)し難く、さらばとて二疋の鼠、同道して御殿の方へ赴きけり。道すがら日もはや暮て、御殿に着せしは既に初夜の頃なりしかども馳走の残物は沢山にて、牛の乳もあり、玉子焼もあり、菓子の種類も一通りならず。「チイズ」<牛乳にて製したるもの>はパルメザンの銘産なり。二疋の者はこの馳走を味ひ、極上の「シャンパン」酒に髯は浸して酒興いまだ半に至らず、忽ち矮狗(チン)の吠るを聞て大に驚き、一座の興を失ふて酒の醉も醒めんとする折しも、壁の彼方にて又も聞ゆる猫の声、こはたまらじと二疋の鼠、生たる心地はせざりけり。漸くこの騒動も治りて先づ安心といふ間もなく、勝手の方より下女下男、間毎間毎(まごと/\)を掃除して、宵の酒宴の跡仕舞、塵一片も捨置かず、跡は空しくなりにけり。田舎鼠はといきつき、声を出すもやう/\に、主人に向ひ云ひけるは、「君が住居の綺麗なるも其馳走の結構なるも、斯く恐ろしき心配には迚も我等は堪へ難し。田舎の小屋の粗食にて安く月日を送るこそ、身の生涯の気楽なれ。安すらかずして何物をか美なりと云はん。苦心ありて何物をか饒なりと云はん。最早御暇賜はるべし」とて、早々田舎へ帰りしとぞ。


・類話などについて

タウンゼント 216.町のネズミと田舎のネズミ

 田舎のネズミが、御馳走を振る舞おうと、仲の良い町のネズミを招待した。二匹は土くれだった畑へ行き、麦の茎や、大根を引っこ抜いて食べていたのだが、町のネズミがこう言った。
「君のここでの暮らしぶりは、まるで蟻のようだ。それに引き換え僕の家は、豊饒で溢れているよ。あらゆる贅沢に囲まれているんだよ。ねえ、僕のところへ来ない? そうすれば珍しいものが腹一杯食べられるよ」
 田舎のネズミは二つ返事で承知すると、友と連れだって町へと向かった。家に着くと、町のネズミは、パンに大麦、豆に乾燥イチジク、蜂蜜、レーズン、そして極めつけに、籠から上質のチーズを取り出して、田舎のネズミの前に置いた。
 めくるめく御馳走を前に、田舎のネズミは、心のこもった言葉でお礼を述べた。そして、自分の暮らしが如何に惨めであるかを嘆いた。
 しかし、彼らが御馳走を食べようとしたその時、何者かが扉を開けた。ネズミたちはチューと鳴きながら、なんとか二匹が潜りこめる狭い穴をみつけると、一目散に逃げ込んだ。
 彼らが食事を再会しようとすると、また、別な誰かが入って来た。腹が減ってたまらなくなった田舎の鼠は、ついに友達にこう言った。
「こんなに素晴らしい御馳走を用意してもらったけど、これは、どうぞあなた一人でお召し上がり下さい。こんなに危険が多くては、とても楽しめません。私には、土くれだった畑で大根でも食べている方が性に合うのです。あそこならば、安全で怖いこともなく暮らせますからね」

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