0.03 (柿の吐却すること) 409.19--412.13
ある時主人、エソポが上を思わるゝようは、公界のさばき、或いは内
証の取り扱いなどは、いかにも似合うまじ
いと見ゆれば、せめて農人の所
作をなりとも、宛がわうずと思い定め、/農具をこしらえ与えて田畠へやらるれば、エソポもまた快う
げにその所作を為い
た。しかれば、ほど経てかの主人その田
畠を見舞いに出で
られたれば、ある百姓、上々の熟柿を
持ってきて主人に捧ぐれば、色
香も一段ようて見事にあったによって、喜び斜めならなんだ、「只今賞玩しょ
うずれども、風呂へ入れば、その風呂上がり
の為にたくわえ置け」とあって、そば近う使わるゝ二人の小
姓に預けおかれ、その身は風呂に入ら
れた。しかるところにエソポ畠より帰り来れ
ば、かの柿を預かった者ども思うようは、「よい幸いぢゃ、いざこの柿を、両人し
て取り食うて、その咎めのあろうずる時は、口をそろえてエソポにこれを言い負う
せて、こちは空嘘吹いていて、あれ
こそ、その熟柿をば食べたれと、はね
かきょうずるに、なんの仔細があろうぞ」と談合し
て、取って食した。
さて食し終わって後、互いに目弾し
て言うようは、「さても無果報なエソ
ポかな! いかさまこの祟りがあろうず」
と囁きまわった。さて主人、風呂から上
がり、件の柿を湯上りに持ってこいと言
わるれば、右の二人の者どもが、犯さ
ぬ顔で申すは、「それをばエソポこそ盗んで食べ
てござれ、」その時、かの主人は腹に立てし/こって、エソポを召し寄せ言わるゝは、「いかに畜生な、みちれない悪戯者、
身が賞玩しょうと、思いきっていた
その熟柿をば、なんと思うて取って食
ろうたぞ」と気色を変えて叱らるれば、
その時エソポ、これを聞いて分別はし
たれども、元来どもりぢゃに、またそ
の叱らるに肝を潰いたれば、物言うことも叶わいで、顔うち赤めて、とちめくに
よって、主人「さればこそ、紛いもない、
あれが取って食ろうたものぢゃ、それ打擲せ
い」と言いつけらるゝほどこそあれ、杖棒を
おっ取って、二三人ほど、たち掛か
り、たちまち打擲しょうとするに臨んで、主人の足元にひれ伏し、
どもりどもり謹んで申すは、「たとい御
折檻あるとも、今しばらく待たせられい頼み奉る、我が腹
中を翻いてお目に掛きょう」と言いさまに、生ぬるい湯を一杯、大茶碗に持ってきて、主人の前で飲み、指を喉にさし入れ
て吐却して、その実
否を見するに、朝腹のことなれば、吐却す
れども、痰より他は、別に吐き
出さなんだところで、エソポ、主人に向かう
て言うようは、「某は既にこの分で
ござれば、御分別あれかし、さあら
ば、また某にこの讒言を申しかけた人
々にも、私が如くに仕れと、仰せつけられいかし、しからば/食した人は必ず顕れ
まらしょうずる」と申せば、その時主人、エソポが才幹な
ことを驚き、かの二人に、エソポが所
望の如く言いつけらるれば、両人の
者ども思うようは、ぬる湯をば飲むとも、喉に指をさへ入れ
ずは、苦しかるまじいと思うて、一杯づ
つ、引き受け/\飲むに、うそ甘いものを食ろうた上なれば、何かはよかろう、御前に憚るほど吐却し
たれば、何のよも無う化け
が顕れた。その時主人、エソポをば赦し、かの二人を
裸に為し、たちまち打
擲させられた。これをもって「血を含んで人に吐けば、
まづその口穢る」ということは、今こそ思
い知られた。
註:
公界 「公の職務」のこと。
内証 「家内のきりもり」のこと。
犯さぬ顔で 「なにくわぬ顔で」
みちれない 「さもしい」
とちめく 「うろたえる」
ESOPO p409 p410 p411 p412 (伊曽保1.03柿を吐却すること)
類話などについて
・腹を裂いて無実を示す話
日本昔話通観インデックス 406 赤飯と子供
貧乏の子供が赤飯を食べたといううわさが広まり、金持ちが、小豆を盗まれた、と貧乏人の家にどなりこみ、父親が子供の腹を裂くと赤いえび飯が出、後悔した
金持ちは供養塔を建てる。
日本昔話通観インデックス 442 ほととぎすと兄弟
弟が盲目の兄に山芋の美味いところを食わせるが、兄は弟がもっと美味い物を食っているかと疑う。弟が腹を裂いてみせると、その時、兄の目は開き、ホトトギ
スになる。
晩餐会で、王様はよそ見をしている隙に、好物を食べられてしまう。王様は腹を立て、客の腹を裂かせて誰が食べたかを調べる。(出典を失
念して思い出せない)
・食ったことを他人になすりつける話
TMI. K401.1 お人よしの食べ物は食われ、その上その責任も転嫁される。
Type15 相手が寝ているうちに、その口にバターを塗りつけ、食べたのを相手のせいにする。
UNCLE REMUS 17
日本昔話通観インデックス 609 和尚と小僧--びわの種糞
小僧が、和尚の留守に供え物のビワを食べ、寝入った和尚の尻にその種をつめる。そして、どちらがビワを食べたか糞をくらべることになり、和尚の糞から種が
出て、和尚のせいと決まる。
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